2017年2月12日
『さとにきたらええやん』の再上映が決まり、映画と共に僕は高校時代を思い出した。
中学時代の時、いじめられて、病気で引き籠り。
成績も悪く、出席日数も足りていなかった。
そんな僕を、なんとか進学させてくれようと必死になってくれた担任の先生には今でも頭が上がらない。
高校受験するにあたって、推薦を出してもらえる私立の高校があったのだが、僕は受けなかった。
いじめられていた過去を、引き摺ったまま新生活をするのはとても無理だと思い、誰も知らない高校を受験した。
偏差値で言えば底辺の学校だったが、受かったと電話口で両親に告げた時、親父は泣いていた。
進学してまず気付いた事があった、偏差値と家庭環境はある程度直結して、切り離す事が出来ない関係だと。
やがて友達がいなかった僕にも親友と呼べる友人が2人できた。
2人とも家庭環境がいいとは言えなかったが、その分誰よりも痛みや思いやりには長けていた。
週末には毎週のように誰かの家の前に行き、朝までろくでもない話や打ち明け話をした。
今まで誰にも出来なかった悲しかった出来事も、彼らには何でも話せた。
だけど僕の悲しみは、彼らに比べれば微々たるもの気付かされた。
病気は治ればやり直すチャンスがある、だけど家庭環境や金銭面はどこまでも付きまとってくる可能性が高い。
だから彼らはバイトしたお金を弟や姪っ子たちにあげていた、自分のような思いはしてほしくないと。
2人の親が悪いとは僕には到底思えなかった、不器用ながら真っ直ぐに愛情を注いでいたし、測りしれない辛い思いも悲しみも経てきてるのだろうと容易に想像ができた。
またそんな両親を2人も愛していたように見えた。もちろん僕にとっても可愛がってくれた大好きなおばちゃんだ。
2人とも頭もキレて努力家だったので、成績優秀。バイトをすれば誰よりも活躍していたように見えた。
2人は当たり前のように、卒業をしたら就職し、学校をサボってばかりいた僕は大学に行った。
彼らより明らかに、成績も能力も低い僕が行くことになった時、彼らはどう思っただろうか。
そして僕は彼らにとことん甘えていた、自分の傷を癒すように、なすり付けるように彼らを傷付けた。
高校3年間ほぼ一緒に行動していた彼らが、今どこで何をしているのか僕は知らない。
この先、一生出会う事のない親友に対して、僕は後悔してもしきれない。
ただ同時に思う事がある、どんな行動を取ろうとたぶん僕らは一緒にはいれなかっただろうと。
だから僕は進むしかないんだ、進んだ先に彼らはいなくても僕の中にいる彼らと出会うために。
チュプキで『さとにきたらええやん』を是非ご覧ください。皆様のご来場心よりお待ちしております。