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西本願寺 桃山文化「美のしかけ」を体験する。~烏賀陽百合さん特別庭園ガイド~ お抹茶の接待付 
西本願寺 桃山文化「美のしかけ」を体験する。 
絢爛豪華!今に伝わる桃山文化の粋と、 京都の庭園デザイナー烏賀陽百合さんが案内する 桃山様式の名庭
~書院・飛雲閣・虎渓の庭・阿弥陀堂・御影堂~

「お西さん」の愛称で親しまれる龍谷山 本願寺(西本願寺)。
世界文化遺産にも登録されている国宝、重要文化財の数々を本願寺僧侶と京都の庭園デザイナー烏賀陽百合さんの案内で巡り、書籍や映像では伝わらない、豪壮華麗な桃山文化の粋をお抹茶の接待付でゆっくりと堪能していただく20名様限定の文化体験会です。

桃山文化の粋。豪壮な中にちりばめられた緻密で繊細な『美のしかけ』を体験する。
本願寺の書院群は江戸時代初期に建てられたものではありますが、豊臣秀吉の時代に完成した桃山様式を代表する建造物や意匠など当時の文化がそのままの姿で残されている、全国でも非常に貴重な文化財です。
当時の最先端の文化と技術を集結した本願寺の建造物・障壁画・庭園などは、豪壮で表現される桃山文化の完成型であると同時に、当時の日本人の美意識が凝縮されたものです。
対面所の柱の間隔が違うのはなぜ?
雁の欄間の透かし彫りから現れる景色とは?
最古の能舞台に敷き詰められた石の正体は?
豪壮な中にも繊細で緻密にちりばめられた「美のしかけ」を、本願寺僧侶による案内で体験していただきます。
また、特別名勝「虎渓の庭」、飛雲閣庭園では、京都の庭園デザイナー烏賀陽百合さんが、その見どころや作庭家の意図を解説。庭園を通して日本人の美意識と、庭園の魅力を感じていただきます。

【ご案内の内容】

阿弥陀堂(国宝) 

御影堂(国宝) 

書院(国宝・重要文化財) 虎の間・対面所・白書院・能舞台 ほか

抹茶接待(烏賀陽さん~本日の見どころ解説)

虎渓の庭(特別名勝)

飛雲閣(国宝)・滴翠園(名勝)
大報恩寺(千本釈迦堂)『おかめ福節分会』特別観覧席(国宝 本堂)での厄除け祈願法要 参加と茂山社中による奉納狂言の鑑賞
800年にわたり大報恩寺(千本釈迦堂)の本堂で行われてきた『おかめ福節分会』。
京都に春を迎える節目に行われる厄除けと招福祈願の大切な雑節として、綿々と受け継がれてきた京都の伝統行事です。
この度の、ことなり塾特別体験では、国宝の本堂で行われる厄除け祈願法要の“護摩焚き行”に特別にご参加いただき、2021年の厄を祓い、お多福招来の祈祷を授けていただけます。さらに、茂山社中による古式鬼追いの儀の奉納狂言をご鑑賞いただきます。
一般の参拝とは違い、通常では入場できない国宝本堂内に設けた特別席で、厄除け祈願と招福のご加持、さらに大蔵流茂山狂言を間近でゆっくりとご鑑賞いただける、15名様限定の特別体験会です。
2021年の厄を祓い、京都に春を迎える、伝統の行事をこの機会に是非ご体験ください。
当日ご加持をお受け頂いた記念として、厄除け札・招福豆・御朱印の授与がございます。
【大報恩寺(千本釈迦堂)】
大報恩寺(千本釈迦堂)は今から約800年前、鎌倉初期安貞元年(1227)義空上人によって開創されたお寺です。本堂は創建時そのままのものであり、応仁・文明の乱にも奇跡的に災火をまぬがれた京洛最古の建造物として国宝に指定されています。また、行快作国宝「本尊釈迦如来像」や、快慶作重要文化財「十大弟子像」,定慶作重要文化財「六観音菩薩像」など、慶派の仏像彫刻をはじめ貴重な文化財の宝庫でもあります。
大報恩寺は千本釈迦堂(せんぼんしゃかどう)とも呼ばれており、その由来は、本尊の行快作 釈迦如来坐像が古来より厚く信仰されていること。近くに南北に走る千本通がある こと。千本の卒塔婆(そとば)が道に立てられていたこと。千本の桜あるいは千本の松並木が植えられていること。など諸説あります。
【おかめ伝説とおかめ福節分】
大報恩寺(千本釈迦堂)は、本堂建築の際に、内助の功で夫の大工棟梁「高次(たかつぐ)」を助けながらも、専門家でもない妻の助言により本堂建立の大任を果たしたことが知れては、夫の不名誉になると思い自害してしまった妻「おかめ」に因み、夫婦円満、縁結び、子授け、お多福招来の象徴“おかめ伝説”のあるお寺―。全国のおかめ信仰発祥の地となっています。
また、応仁の乱など長い戦乱の時代に多くの神社仏閣が焼失した時にも、大報恩寺だけが災難を免れ、創建当時まま残ったことから、災難厄除のご利益と、招福祈願を願う建築業者や一般の方からの信仰も集めてきました。
そのため800年続く伝統行事、大報恩寺の節分会は特に『おかめ福節分会』と呼ばれ古くから邪気を払い、1年の災難厄除と、夫婦円満、良縁、お多福招来を願い多くの参拝者で賑わいます。
また、『おかめ福節分』の名前の通り奉納狂言では“おかめさんが鬼を祓う” 他の寺社では見られないユニークな演目となっています。
【『おかめ福節分会』の内容】
~大報恩寺 国宝本堂に 特別席を設けております。~
・法要前奉納行事
  上七軒 舞妓による奉納舞
  番匠保存会による木遣音頭
・おかめ像前法要
・節分会厄除け祈願法要(護摩行)
 ご住職の先導により皆様にご祈祷を受けていただきます。
・古式鬼追いの儀(奉納狂言 茂山千五郎社中)
※本年度の“招福豆まき”は、コロナ感染症対策として中止となりました。
当日、ご加持の記念として、厄除け札・招福豆・御朱印の授与がございます。
※御朱印帖をお持ちの方は、当日事前にご連絡ください。
大徳寺聚光院 特別拝観とお茶会
茶聖・千利休の菩提寺であり、茶道三千家ゆかりの寺院として知られる大徳寺聚光院。
狩野永徳・松栄親子が描いた本堂障壁画は全て国宝(現在は高精細複製画)に指定されています。
また、千利休作庭と伝わる方丈庭園『百積の庭』は国の名勝に指定され、表千家より寄進された茶室「閑隠席」「枡床席」は共に重要文化財に指定されています。
まさに茶の湯の聖地です。
今回はここ聚光院で特別拝観とお茶会をお楽しみいただきます。
聚光院に詳しいスタッフによる境内解説の後、千住博筆『滝』が納められている書院にてお茶会を催します。

聚光院とは
聚光院は永禄9年(1566)、戦国武将の三好義継が養父・長慶の菩提を弔うために創建されました。
開祖である笑嶺宗訢が千利休参禅の師であったことから、利休は聚光院を自らの菩提寺としました。その後、利休の流れを汲む茶道三千家(表千家・裏千家・武者小路千家)歴代の墓所ともなっています。
創建当時の姿が残る本堂には狩野松栄・永徳親子による障壁画46面が納められ、その全てが国宝に指定されています(現在は高精細複製画が納められている)。また、茶室「閑隠席」「枡床席」と共に重要文化財に指定されています。
狩野永徳・松栄筆 本堂障壁画
聚光院本堂の障壁画は桃山時代の天才絵師、狩野永徳(狩野派4代目)とその父、松栄(狩野派3代目)によって描かれました。
特に永徳は当時24歳と若年ながら本堂の中心的機能を持つ室中を任され、傑作『花鳥図』を描き上げます。襖に収まらないスケールの大きい梅の巨木や、躍動感ある松の枝ぶり、また優美な鶴などが存在感を放っています。
狩野父子による障壁画46面は全て国宝に指定されていますが、現在は高精細複製画が納められています。
茶室「閑隠席」
聚光院と茶道三千家の関わりを最も如実に伝えるのが、「閑隠席」「枡床席」の二つのお茶室です。特に閑隠席は千利休150回忌の際に、表千家7代如心斎の寄進によって建てられたもので、ここで朝茶が開かれたことが記録にも残っています。
利休の精神を汲み、明かりが極度に制限され、簡素で緊張感のある設えが施されています。
千住博筆『滝』
平成25年(2013)に落慶した聚光院書院には、東京国際空港第2ターミナルやAPEC JAPAN 2010の首脳会議に作品が展示されるなど、世界的に活躍する日本画家・千住博画伯の障壁画『滝』が納められています。
大徳寺 真珠庵「百鬼夜行絵巻」特別公開
特別公開
前期 2020 年 9 月 19 日 ~ 10 月 14 日
後期 2020 年 10 月 24 日 ~ 11 月 23 日
とんちで有名な一休宗純禅師を開祖とする大徳寺の名刹、真珠庵。今回の公開では現存最古の百鬼夜行絵巻(伝土佐光信筆、重要文化財)を寺内で初公開する。いわゆる「真珠庵本」と呼ばれる真珠庵の『 百鬼夜行絵巻 』 は室町時代に名をはせた絵師、土佐光信の作と伝わる。台所用品や法具など日常的に使われていたものが妖怪となった「付喪神(つくもがみ)」や、赤鬼、青鬼などの得体のしれない化け物(妖怪)が滑稽さと愛嬌ある姿で描かれている。
※『百鬼夜行絵巻』は前期(巻物前半部)・後期(巻物後半部)で展示入れ替えがあります。
真珠庵とは
臨済宗大本山大徳寺の塔頭真珠庵は、とんちで 有名な一休さん、一休宗純和尚を開祖として、一休和尚が亡くなられた 10 年後の延徳 3 年(1491 )に堺の豪商、尾和宗臨によって建てられた。建物は、桃山時代に御所の化粧殿を移築した書院「通僊院」や、二畳台目の茶室「庭玉軒」がある。茶室「庭玉軒」は江戸時代初期の茶匠・金森宗和(かなもりそうわ)好みとされ、内蹲踞(うちつくばい)の席として有名である。方丈の東には、わび茶の祖とされる村田珠光作と伝わる「七五三の庭」がある。本堂には曽我派の祖である曽我蛇足、そして桃山時代の天才絵師、長谷川等伯の障壁画が納められている(現在修復中)。
2018年には本堂の襖絵が新調され、漫画家、アートディレクター、イラストレーターなど 6 名の現代作家がそれぞれの部屋に襖絵を奉納した。
今回の公開では現存最古の百鬼夜行絵巻(伝土佐光信筆、重要文化財)を初めて寺内で公開する。

【ご注意事項】以下の事項について、予めご了承ください。
小中高生、障害の有る方はこちらのサイトでご予約せず、直接「京都春秋」TEL075-231-7015、FAX075-231-6420へご予約をお願いいたします。
開始時間が過ぎてからの途中入場は予約状況次第でお受けできない場合があります。ご予約時間までに真珠庵受付までお越しください。

境内は撮影禁止です。
未就学児の「通僊院」(書院)および、お茶室「庭玉軒」の拝観はできません。
文化財保護のため、お荷物は境内荷物預かり所にてお預かりいたします。
お手洗いは大徳寺駐車場のお手洗いをご使用ください。
建物の構造上、車いすでの拝観はできません。
杖をお使いの方のため、杖カバーをご用意しております。
境内ではスタッフの指示に従ってください。拝観の妨げになると判断した場合は、拝観料をご返納の上、お引き取りいただきます。
暴風警報や大雨警報、地震など、文化財保護の為や拝観に来られる方に危険と判断した際は、事前の予告なく拝観休止とさせていただきます。休止を決定した時点で当HPやFacebook、Twitterにてお知らせいたします。
感染症予防のためマスクの着用の上ご来場をお願いいたします。
入場時に非接触型の検温をさせていただきます。
新型コロナウイルス感染拡大や緊急事態宣言の発表等、情勢によっては公開を中止する場合もございます。
予約日の6日前を過ぎてからのキャンセルは受付いたしません。
総見院 特別公開
羽柴(後の豊臣)秀吉が、本能寺の変に倒れた織田信長の追善菩提のために建立した、大徳寺総見院。信長亡き後の政権争いの中、秀吉がその主導権を握るための建立した、歴史的に大変重要な寺院が公開されます。
本堂には秀吉が奉納した木造織田信長公坐像(重要文化財)が安置されていますが、その大きさは高さ三尺八寸(約115cm)の等身大で、慶派の仏師、康清によって作られました。らんらんと輝くその眼光は信長の面影が良く伝わります。

総見院とは
臨済宗大徳寺派大本山、大徳寺の塔頭寺院。信長の一周忌に当たる天正11年(1583)、その追善菩提のために秀吉が建立したもので、当時は広大な境内に豪壮な伽藍が立ち並んだと伝わりますが、明治の廃仏毀釈によりその多くが失われました。開祖は千利休参禅の師でもあった古渓宗陳(こけいそうちん)。境内には秀吉がこよなく愛し、また日本最古の胡蝶侘助とされる、樹齢約400年の侘助椿があります。

【ご注意事項】以下の事項について、予めご了承ください。
開始時間が過ぎてからの途中入場は予約状況次第でお受けできない場合があります。ご予約時間までに総見院受付までお越しください。
建物の構造上、車いすでの拝観はできません。
境内ではスタッフの指示に従ってください。拝観の妨げになると判断した場合は、拝観料をご返納の上、お引き取りいただきます。
暴風警報や大雨警報、地震など、文化財保護の為や拝観に来られる方に危険と判断した際は、事前の予告なく拝観休止とさせていただきます。休止を決定した時点で当HPやFacebook、Twitterにてお知らせいたします。
感染症予防のためマスクの着用の上ご来場をお願いいたします。
入場時に非接触型の検温をさせていただきます。
新型コロナウイルス感染拡大や緊急事態宣言の発表等、情勢によっては公開を中止する場合もございます。
予約日の6日前を過ぎてからのキャンセルは受付いたしません。
大徳寺孤篷庵 特別拝観と重要文化財「忘筌」でのお茶会
千利休、古田織部に続く天下一茶人であった大名、小堀遠州。遠州が自身のために建立した菩提寺がここ大徳寺孤篷庵です。
大名として、茶人として、また名古屋城天守の造営や二条城二の丸庭園の作庭など総合芸術家としての遠州の工夫が随所に見られます。特に重要文化財の茶室「忘筌」は茶道に触れる方なら一度は訪れたいとされる名茶室です。
今回は、孤篷庵ご住職のご案内で特別拝観をしていただき、続いてご住職を席主として「忘筌」にてお茶会に参加していただきます。
滅多とないこの機会にどうぞ孤篷庵へお越しください。
孤篷庵とは
大徳寺の北西に位置する臨済宗大徳寺大本山の塔頭。開基は小堀遠州で、慶長十七年(1612)に山内の龍光院に庵を立てましたが、後の寛永二十年(1643)に今の地に移して孤篷庵を建立。当初の建物は寛政五年(1793)に焼失した後、遠州を崇拝していた松平の大名である松平不昧が遠州の設計図をもとに復元。遠州は近江の長浜の地に生まれたため、孤篷庵の空間構成は琵琶湖というものに切っても切れない縁故がある。境内の随所に近江の情景を表した建築が今に残ります。
茶室「忘筌」
中国の荘子の句から得た席名で、功を成し遂げた遠州が俗事から離れて、風雅三昧に入る境涯を表したものと言われます。西縁側に舟入板の間を取り、障子を半分降ろし、下が吹き抜けになった佇まいは、建築と庭園の視覚関係を緊密に考えられた構成となっています。千利休の草庵風の侘茶に対して、書院式の茶室の完成を表すものです。
庭園
庭園は本堂前庭、直入軒前庭「近江八景の庭」、忘筌露地庭園があります。本堂前庭は二重の刈込前垣を作って、琵琶湖の水平線とし、船岡山を舟に見立てた借景庭園です。
寺内初公開記念 真珠庵『百鬼夜行絵巻』 特別対談「『百鬼夜行絵巻』は何を語るのか」 真珠庵ご住職×小松和彦先生
現存最古の「百鬼夜行絵巻」であり、また美術的にも最高峰のものと評される真珠庵本『百鬼夜行絵巻』(重要文化財)。今秋、初めて所有する真珠庵の境内にて特別公開が催されています。
これを記念して、真珠庵ご住職 山田宗正和尚と妖怪研究の第一人者 小松和彦先生による特別対談を開催いたします。室町時代に描かれた真珠庵本『百鬼夜行絵巻』を前に、これが描かれた時代背景や当時の人々の心理へと想いを馳せる時間です。
併せて、2018年に真珠庵方丈に納められた、現代作家6名による襖絵や、御所から移築された重要文化財の書院「通僊院」などをご拝観いただきます。

真珠庵とは
臨済宗大本山大徳寺の塔頭真珠庵は、とんちで 有名な一休さん、一休宗純和尚を開祖として、一休和尚が亡くなられた 10 年後の延徳 3 年(1491 )に堺の豪商、尾和宗臨によって建てられました。境内には、桃山時代に御所の化粧殿を移築した書院「通僊院」や、二畳台目の茶室「庭玉軒」がああります。茶室「庭玉軒」は江戸時代初期の茶匠・金森宗和(かなもりそうわ)好みとされ、内蹲踞(うちつくばい)の席として有名です。また方丈の東には、わび茶の祖とされる村田珠光作と伝わる「七五三の庭」があります。本堂には曽我派の祖である曽我蛇足、そして桃山時代の天才絵師、長谷川等伯の障壁画が納められています(現在修復中)。

伝 土佐光信 筆『百鬼夜行絵巻』
いわゆる「真珠庵本」と呼ばれる真珠庵の『 百鬼夜行絵巻 』 は室町時代に名をはせた絵師、土佐光信の作と伝わる。一見おどろおどろしい印象を持つ絵巻物だが、よく観察してみると躍動感あふれるタッチで描かれた妖怪たちはどこか滑稽さを感じさせる。日本で最も有名で、また美術的にも評価の高い妖怪絵巻の一つとして、日本美術や妖怪ファンから人気が高い作品である。今回は展示中の後半部分をご覧いただきながら、ご住職と小松先生の対談をお聞きいただきます。

小松 和彦 先生
1947年東京都生まれ。国際日本文化研究センター名誉教授、専門は民俗学、文化人類学。妖怪研究の第一人者として広く知られる。
東京都立大学大学院社会科学研究科博士課程単位取得退学。信州大学講師および助教授、大阪大学文学部助教授及び教授、その後国際日本文化研究センター教授、副所長を経て2020年3月まで所長。
1979年第10回澁澤賞(公益信託澁澤民族学振興基金)受賞。2013年紫綬褒章受章。2016年文化功労者顕彰。
主な著書に、『神々の精神史』(講談社学術文庫)、『憑霊信仰論』(講談社学術文庫)、『異人論』(ちくま学芸文庫)、『悪霊論』(ちくま学芸文庫)、『妖怪学新考』(洋泉社MC)など。

現代作家6名が描く方丈襖絵
2018年に約400年ぶりに新調された方丈襖絵のコンセプトは、一休さんゆかりの寺院だけに「なんでもあり」。漫画家の北見けんいち氏、映画監督の山賀博之氏、アートディレクターの上国料勇氏など、現在第一線で活躍するクリエーターらが作品を手がけました。

書院「通僊院」
1638年に正親町天皇の女御の化粧殿を移築したもので、通僊院と称せられています。戦国時代の医師、御典医の半井瑞策が拝領し、真珠庵に寄進したものです。建物内には金森宗和好みの茶室「庭玉軒」が置かれています。女性らしい雰囲気が感じられる落ち着いた室内には、狩野元信筆と伝わる水墨山水画や西湖図、土佐光起による金碧花鳥図が収められています。

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