この記事を書いている日付:2017年 2月20日(内容を修正)


癒しサロン リカバリーがOPENしてから約半年。

ふと、プロフィールの記事を見直しました。

記事の内容が薄くて、私の想いが伝わらない!と思いました。

今までの人生、包み隠さずさらけ出そう!と思い立ったので

赤裸々に記事を書いていきます。

長文となりますので、ご興味のある人のみ読み進めてください。


整体師になる前、25歳辺りからよく近所のマッサージ店に行っておりました。

癒される空間が大好きでした。

この時は自分が整体師になるなんて夢にも思わなかったです。

ただ、この仕事は大変なんだろうな~ぐらいしか思ってなかった。

だから当時の私はマッサージを仕事にしようとは微塵も考えておりません(笑)


そして月日が流れて、29歳の時に転機が訪れます。

10年勤めていたヤマハを自己退職し、オーストラリアに逃亡?しました。

『なぜ10年も勤めれてる大手企業を退職するの?』『バカじゃないの?』と周りから言われ、反対されました。

勿論、親からも・・・それでも日本から飛び出したかったんです。

日本にいるのが嫌だった。苦痛だった。そんな精神状態だったんです。

そしてオーストラリアに移り住む段取りを済ませ、いざ出発!!

お金もそんなにない(なんとかなるだろう)友達もいない(なんとかなるさ)

英語も全くしゃべれない(これだけは不安)そんな状態でした。

当時の私は、ほんと無茶をやるバカだったんでしょうね。


そして今から7年前、オーストラリアのメルボルンに降り立ち、すぐ語学学校に通いますが早速英語の壁にぶち当たります。下から2番目のレベル・・・

ちなみに一番下のレベルはABCDEFGを覚えていく感じ・・・

私の英語レベルの低さはだいたい想像できましたか?(笑)

今でもあんまり変わりませんが(悲)

そして数か月が経ち、ある方からのご紹介で

タイ古式マッサージの仕事をやることになります。

※雇用期間は3ヶ月間

スタッフは全員タイ人だったので、完全にアウェイですよ。やばっ!!て正直思いましたね。


それでもしょぼい英語でコミュニケーションをとり、色々な手技を覚えて

1ヶ月後に施術デビューしました。

記念すべき、一番最初のお客様はオーストラリア人の大柄な男性

ほんとに体格が大きくてビックリ!しかもなぜか全裸で待機してることに2度ビックリ!

そんな衝撃的な状況下で施術を開始しました。

デビューしたてで緊張するしで、手は震えて思うように施術ができない・・・

それでも楽になってもらおうと必死にやりました。

もう汗だくになりましたね。当時夏だったので相手も汗だくでしたけど(笑)

そんな必死な思いが伝わったのか、施術後の反応がよく『I was feel so good!!(とても気持ちよかった)』

と言ってもらえたことにすごく感動し涙したことを今でも鮮明に覚えています。


手を通じ、施術者の気もちが相手に伝わるんだと気が付きましたね。

それが今でも施術するときの心構えとして意識しながらやっております。


そしてある程度の基礎技術を学び終えた頃で3ヶ月が経ち

この仕事から離れることになります。


この時、だいぶ腰を痛めてましたね。

タイ古式はベットではなく床マットの上で行う施術です。

常に中腰姿勢で相手の体を支えながら主にストレッチをするので

腰痛はつきものなんです。


いくら好きな仕事でも身体が故障したら何もできません。

もっと楽な姿勢でできるマッサージはないものか?と

ネットで『地名〇〇 マッサージ スクール』と検索したら

気になるスクールがあったので、申込みしました。


そこでも言葉の壁にぶち当たりましたね・・・先生が現地の人ですから。

周りに日本人は誰もいない・・・


親切にも声を掛けてくれる人もいたが、うまくコミュニケーションがとれないと分かると

もう二度と話しかけてくれなくなります。寂しいもんです。


それでも高額なスクール費用を払ってますから、意気込みが違います。

私の積極的に学ぼうとしている姿勢を見て、昨日まで無視していたスクール生の対応に

変化がでてきました。

同じ志で参加してる人と共鳴したんですね。

言葉が通じ合えなくても心は通じ合えます。

無事に資格を取得できましたが、ここで問題が。


働き口が見つからなかったんです。


結局、その後マッサージの仕事に就くことなく帰国します。



帰国してからもマッサージの仕事に就くことを諦めきれず、求人サイトで探してみましたが

日本でも見つからず・・・

見つかるまではと思い、新聞配達でこずかい稼ぎしたり、辞めた後

上京してフルーツの訪問販売の仕事に就いたりしましたが

どれもパッとしませんでした。


やっぱ、マッサージしかないな~と思い直し

再び求人を探してみたらありました。


舘山寺温泉(華咲の湯) 店名:紫蘭(しらん)

ここが整体師 渡辺大介の原点です。


東京まで研修しに行き、技術を習得。

なんとか1発で認定試験に合格しましたが

あと後先生に聞いたら、『お前はギリギリ合格ラインだったぞ』と・・・


自分の評価は良かっただけに、、、ちょっとショックでしたね(泣)

調子に乗ってはだめだぞということですね。


そして、浜松に戻ってきて、いきなりデビューとはいかず

お店のスタッフと練習の日々が始まります。


身体にさわることは慣れているはずなのに、かなり緊張してましたね。

指は痛くなるしで若干つらかった時期です。


そんな時期を乗り越えて、ある日デビューを迎えます。


もう緊張MAXですよ・・・


そのときのお客様には失礼ですが・・・

正直、どんな接客したか施術したか覚えてません。



デビューから3年が経ち、店長を任されるようになりました。

3年という期間で経験値を積み上げ、自信も付き

少し天狗状態になっていたかもしれません。


何をするにも自分軸になり相手軸で物事を考えられていないことが

ありました。


周りのスタッフに支えられてきたからこそ店長の仕事ができたんだと

今になって強く想います。

当時のスタッフには感謝しきれません。

ほんとにありがとうございました。


そして、4年が経ち独立します。

出張専門 リカバリーの誕生です。

勢いよく始めてみたものの

経営のど素人がうまくやれるわけがありません。

事業計画なしで、なんとなくでやってたんです。


仕事感覚でなく趣味感覚でやってたんですよ。

そんな経営状態なので当然食ってけません。


どうするか?選択肢として2つ

①リカバリーを辞めて、他の仕事に就く。

②ダブルワーク


あまり迷わず②を選びましたね。


ビジネスホテルの受付から営業の仕事と職を転々としてました。

もうやりたいことも分からなくなってきて軸がブレブレでしたね。


そんな時、ある人からこう言われたんです

『マッサージはずっと続いてるよね』と


その時、ハッと気づかされ


こう決心したんです。


もう一度、マッサージ1本でやっていこうと!

家族や周りの方々のご支援をいただいて


2016年9月1日に

癒しサロン リカバリーがOPENしました。

この時35歳。

もう軸がブレブレだったあの頃には戻りたくありません

私にはマッサージしかできないのです。


同じようにマッサージをするのが好きなあなた!!

この業界が今以上に盛り上がるように、一緒に頑張っていきましょう!!



そして 、これからもご来店してくださってるお客様1人ひとりを大切にし

今以上の価値あるサービスのご提供ができるように

全力で頑張っていきますので、引続きご愛顧のほど

宜しくお願い致します。


長文を最後までお読みくださり、誠にありがとうございました。


【夢物語】

ある日、部屋を掃除してたら10年ぐらい前に書いたノートが・・・

書いてあった内容に驚きました。

なんと!35歳でお店を持つ!!と書いてありました。

夢や目標があったらメモ用紙に書くと叶うとよく言いますよね。

信じるか信じないかは、あなた次第ですが・・・




癒しサロン リカバリー's Information

Address
静岡県浜松市東区半田山5-24-3
Open Map
Business Hours

月〜金 00:00 - 23:59

土・日 00:00 - 23:59

TelBookFavorite