7/16(日)『みんなの学校』大空小学校元校長 木村泰子先生トークショー(後編)

2017年7月30日

【前回のトークより】

トークショーの中盤は大空小学校に纏わるエピソードをクイズ形式で盛り上がり、会場はすっかり木村先生ワールドに。最終回は、お客さんから木村先生への質問タイムの模様です。


ゲスト:木村泰子…大阪市立大空小学校 元校長(木村)

    森本美花…NPO法人 日本ゲートキーパー協会 理事(森本)

進 行:佐藤浩章…CINEMAChupkiTABATA 支配人(-)


・・・


-では、皆さんこの機会ですので、木村先生にお聞きしたい事がありましたらガンガン聞いてください。手を挙げて…はいぞうぞ。


お客さんU:

保護者や地域の方とか、どうやってそのような方々を活動に巻き込んでいったんですか?PTAとかそういうのでおやりになったんですか?


木村:

大空小学校は「こんな学校つくってよ!」といってできたのではなく、大きい学校の地域から分離独立せなあかんのにみんなが行きたがらなかった地域なんです。そこには大きい学校の地域と、大空ができる地域との間に「格差による地域差別」があった。そこで地域住民はいつも揉めていた。要するに、地域住民は子どもたちの敵ばっかりやったんです。地域の人が子供たちに「地域差別」のシャワーを浴びせてるわけですよ。そんなところで「みんなでいい学校をつくろう」ということになったんです。


「勉強できて先生の言うことを聞いているのがいい子どもで、走り回っているのはおらんほうがいい子や。」みたいな空気で、ずーっと20年間揉めてた地域なんです。私がその後校長になった時に「学校でどれだけ人が人として、その子のありのままをみんなで認めることが幸せな社会に繋がるんです。」とどんだけ言っても、それが地域に帰ったら「あいつ邪魔やから遊ぶな。」とか、そんな事になったら何もならへんでしょ?


だから「この地域で生きる子どもたちが、全て障がいがあろうと、貧困であろうと、人をすぐ殴るやつがあろうと、地域に生きている宝が、全ての子どもが大事にされる地域をつくれへんかったら、地域住民たちが、自分の地域に住んでて全ての人が幸せにって思われへんで。」って。そう思ったので、完全アウェイからのスタートだったんです。

で、私が初代校長なのだから、まぁ言わば守るものもなかったんです。「こんな学校にしてよ。」ではなくて、「こんな学校何で作んねん!」ってところからのスタートって、完全アウェイというのは反対にね、メチャ面白いんですよ。


PTAをやる人は一人もいなかったんです。だってPTAやる人って「ええ地域や」みたいなところの人ばっかりで、大空の地域でPTAの経験者なんて居ないから誰もしない。「じゃぁ、PTA無かってもええんちゃうん?」って。PTAなしでスタートしてるんです。そうすると、困ることも実は無かったんです。「PTAのメンバー決めるのがみんな大変、大変や。」と言ってたので「PTAなんかやめちゃえばいいのにね。」って、そういう話でスタートしたんですね。


まず最初にいろんなところで毎月出すスクールレターとかに、学校に大きい看板とか、町会の掲示板に学校のポスター貼ってもらうとか、見えるかたちで「地域の宝が学ぶ地域の学校は、地域住民のものや。だから、できるときにできる人が無理なく楽しく、授業の中で困っている子どもを見つけながら地域住民が自分の学校をつくる。これは、当たり前の事や。」っていうことを垂れ流したんです。垂れ流して、そのことを理解してもらって次に実際どう学校へ来てもらうかですよね。


まずは、学習参観日をやめました。参観日があるから親は行ったつもりになるでしょ?参観日をやめて、親が自分の行ける時間帯で、自分の意思で学校に来て、授業に入る。だから学校のオープン時間中は、いつでも来れる。子供の立場になって考えて、見られてんねんで。嫌やな〜参観日。しんどいわな。で、家に帰ったら「あんた何であの子手ェ5回挙げてたのにあんた3回やった?」とかそういう話になるでしょ?(笑)

だから参観日は、学校のいいところは見んでもいいんです。学校がうまくいってない、学校に任しとったらできへんでっていう、ここの課題を共有して自分のやることをやってくれなあかんのです。

学校と、保護者(PTA)と地域。これは、対等な関係なんです。この関係を、さっきの「自分のありのままを出して人と人として」という子どもと先生たちの関係と一緒で、学校の下部組織がPTA、地域でもない。地域の宝が学んでいる一人の子どもの周りにいる学校、地域、保護者(PTA)、この関係がすべて対等な関係で、一人の子どもの周りでできることを自らする。だから安心する居場所が。みんな多様な居場所ができるということですよ。


-なるほど、答えになっていますでしょうか?他に何か質問したい方っていらっしゃいますか?


お客さんV:

映画『みんなの学校』に出会って色々考えさせられる事がありました。息子の学校のクラスの子たちが授業中に教卓に立って踊り出すとか、ワーってなって教室を出て行くような状態なんですね。で、最初はうちの子もそういう状態だったので、校長先生から「他の保護者の方から学校に登校させたくないとクレーム入ってます。」と言われました。そういう事がきっかけで、私は仕事を辞めてこの子の学校について来ているわけです。


木村:

その校長先生バカですね(笑)


他の子ども:

何でいきなりバカ言うの?


(会場爆笑)


木村:

そうなんです、これが素晴らしい!大空の生徒もそうなんです。「先生、『バカ』って言ったらあかんちゃうん?」って言われるから「ああ、すいません。」ってなるんですよ(笑)

この子が言うてることが100%正しいんですよ。でもね、その校長はバカですよ(笑)


他の子ども:

でもバカなの?


木村:

でもバカなの。

何故かというと、校長は、唯一責任を取る人間です。だから机の上に乗って踊っている子どもが居ようと、いじめている子どもが居ようと、大怪我をする子どもが居ようと、きっかけはいろんなところにあっても、その子が学校にいる事の責任は全て校長の責任です。

それに何でよその母ちゃんが言うから「お母さん、ちょっとお宅の子どもさんのことを…」なんて責任逃れな事を言うのでしょうか?それにお母さんが申し訳ないという事で学校に行くわけでしょ?とんでもない!子どもが可哀想です。


大空では「自分の子どもは学校に来ても一切見るな触るな。」とみんなで決めてます。その理由はね、親・学校に見張られる、見られる。それはもう家だけで充分なんですよ。学校でのびのびと親から離れたい!これが子どもです。


お客さんV:

まさに、一ヶ月間まわりの子たちを怪我させちゃいけないと思って必死で息子につきっきりでいたら、「お母さん、早く家に帰って。」「学校まで見に来ないで。」と言われました。


木村:

もっともっと大事なことはね、息子の動きを止めることじゃなくってね、息子に学ばなきゃならんのですよ。

何でって、全て原因があるから。人を叩くのも、あのマサキでもそうですよ。マサキ、「人を叩いたらあかん」「叩きたくない。」と世界中であいつほど思ってる奴はいない。でも叩いてしまう。そんなマサキが「じゃぁ、今叩いとるのを叩かんようにするには彼の中で何を納得して彼の中で何を学べばいいか?」って。それは彼にしか分からへんこと。それを「叩いたらあかんで。」って彼に言うのであれば、彼が叩かなくてもいいような周りの子どもをどんだけ育ててくれてるねんっていうことですよ。


周りの子どもを育てるために母が行く、これは正解!

自分の子どもを止めるために母が行く、これは犯罪に近い行為です。

それをさせようとした校長がバカという説明をすればこうなるんですけれどもね。


お客さんV:

本当にその通りだと思います。それを息子に言われてハッとしました。周りの子どもは毎日のように「なんでこの時間にこんなところに立ってるんだ!」って先生から罵声を浴びせられてるんですね。私はまずそれが苦しかったです。そしてそれを聞いているこの子はいつも耳を塞いでいるので、それを変えたいと思って…私は全くこの子には手をつけないんです。この子を見るために学校に来てるんじゃなくて、他の周りの子たちを見ているんですけど…


木村:

ピンポンです。

大空のみんなはね「自分の子どもは見るな関わるな。でも自分にいる周りの子どもを育てよう。」って。みんなが自由に学校に来て、自分の子どもの周りで困っている子に関わったり、私たちが気い付けへんことにいーっぱい関わってくれる。その情報を全部職員室に入れてくれるから、私たちは動ける。だからセイシロウが来て「職員室に来れば何とかなる」と言うわけですよね。


周りの子を育てるっていうことはね、周りの子どもが何を困っているか、例えば暴れてる、学校崩壊が起きてるってことは「子どもが悪い子どもが悪い。」って、みんなそれを止めようとするけど、先生が悪いに決まってるんです。全ての原因は先生。でも、その先生を責めるんじゃなくて、その先生がどれだけ自分をどう変えたら子どもが安心するか、っていうその先生のカウンセラーですね(笑)


森本:

ご自身のお子さんを何とかしてあげたいというお母さんの気持ちすごい分かります。カウンセラーもそうなんですけど、親子とか親戚、友達とか二重関係って絶対しないんです。余計な事言っちゃうから。一応プロなんですけど、プロもできないのでお客さんもできなくて当たり前(笑)でもそれをお子さんの一言でご自身で気づいて、考えを転換して行動に移されている事がちょっと鳥肌立つくらいに感動しました。


(会場大拍手)


お客さんV:

いっつも間違っているかな、どうかなって…今の状態ですと学校側とは協力体制はできてないので今の私の立場は学校からはモンスター扱いされているので…


木村:

そんなん放っといたらええんです(笑)

大人が見るのは、目の前の子どもだけ。子どもだけを見続けたら、結果は出る。でも校長・先生・ママ友の顔色伺ったりすると、余計にブレていく。大人ってそれしかないねん。もうみんなで子どもを見る。それしかない!こんなんって、お金も力もいらんし、全国どこでもできると思うんですよ。

だから学校では自分の子どもは一切関わらない。自分の子どもの周りの子どもたちを育てる。これなんです。


マサキの母がね、こないだ手紙をくれたんです。

マサキが、毎回友達をどついて、「本当にこの子は何でどつくのが治らんのやろ。」って私が落ち込んだ時に、マサキの母はずーっと忙しく働いてたからあんまり学校に来れなかった。でもマサキが5年生か6年生だった時に、親たちが自分たちも子供たちのために何かやりたいよねーって。PTAじゃなくて、自主自立のための「SEA(シー)」という組織をつくったんですよ。


PTAの「P」は「ペアレンツ」やから親だけでしょ?学校で子どもを育てるのは親だけと違う。子どもの周りの大人全て、地域住民含めてサポーターやでって頭文字「S」なんです。で、PTAの「T」は「ティーチャー」でしょ?教えるのは先生だけちゃう。大空は子どもたちにいろんなことを教えるのはいろんな混ぜこぜの大人やで。だから「エデュケーション」の「E」なんですね。で、「A」が組織(アソシエーション)なんですけど。そういうSEAという組織を、みんなが「いらんいらん」と学校がいうから私らはつくるって親が作ったんですよ。だからきっと持続すると思うんですけど。


マサキの母が手紙で「SEAに入ったあの1年間で、私は親としての自分を変えれた。」ってあったんです。気の強い母やねんけど、ほとんど毎日学校に来てその周りのママ友なんかといろんな活動をしている時に「ごめんなーまたうちのマサキがどついた。」とかつい言葉が出る。そしたらいーっつも周りのママ友が「あんたなって、マサキのええとこもっと見たり。」って「あの子な、こないだな、こんな時にこんなやで。」って、みんなしょっちゅう授業中は教室に入ってるからマサキのどついてるところしか母親は見てないねんけど、周りの人間は、マサキのええとこいっぱい見てるんですよ。まぁ、それは私らも見れてへんのね。でも、どついてるマサキに「こーんなに優しいところあるんか」っていうところを、いっつも一緒に居てるよそのおばちゃんは見ることができる。でもマサキの母が同じところにおっても、そこ見れへん。だから周りの親が、マサキのとこにおいでって、だから私はできるだけ学校に来て、まわりの子どものええところを見つけようって。そんな自分に変わったって手紙に書いてありました。


-ありがとうございました。もう一つくらい時間大丈夫ですのでお客様からご質問お願いします。


お客さんW:

私は教育関係の仕事をしています。うちの教育長は、この映画のことを、よく「これを観ていない者が、このまま教育を続けてはいけない。」っていうくらい凄く推しています。


(会場拍手)


お客さんW:

で、木村先生がいなくなってしまった大空小学校で、どうやってこのような活動が維持していけるのか、残っている方への教育をどうされてきたのかなって、少しでも教えていただければなと思っています。


木村:

「一人で仕事をしない。」っていうことです。

一人の先生が一つの学級を担任する学級担任制度って、むかーしから引きずっている日本の教育文化でしょ?でも、これがもう今は通る時代じゃないんですよ。どんな子どもを育てるのか多様な価値観の社会になったこの時代に、一担任が一人の価値観で、「先生の言うことを聞きなさい。聞けへん子はペケですよ。」みたいな教育を続けていけば、画一的な教育を受けた子どもは、10年後なりたい自分に成られへんようになってしまいます。


大空小学校開校の年に「子供の過去も未来もわからへん自分が、学級担任一人でできるよって人手ぇ挙げて?」って職員に聞いたんです。手挙げる人間っていないじゃないですか?「無理」って。「せやろ。」って。「無理」からスタートしたんです。

「自分にはできない」って言う土俵に職員全員が立ちました。「やらねば」とか「できる」と思うから間違いを起こすんです。でも「やらなあかん」「出来なあかん」っていうリーダーは多いんですよ。「自分でうまく学級経営できひんかったら教師として失格や!」と校長が教師たちを評価すると教師たちはできないことを隠すんですよ。できないことを隠して、できたところだけをオープンにするから、困っている子どもたちは全部ふたをされますよね。


一人で仕事ができないことがわかれば「子どもを育てる学校の使命」を考えると、ピン(一人)で、個人の教師を育てるんじゃなくて、いろんな混ぜこぜな教師がいるけど、大空というひとつの学校の職員室チーム力で子どもを育てる。自分の働く学校を「自分でつくる」という意識を持つのであれば、先ほども言いましたが、主語を「先生」から「子ども」に変えるんです。


子どもが安心する学びの場をつくるのに、自分のできることはこの一握り。みんながそれを自覚すれば、自分のできないところは「はい、ちょっとバトンタッチ。」とか「校長先生来てよ!」とか、それでもあかんかったら、地域の人の力をどんどんどんどん対等にチームの中に混ぜこぜに入り込んでもらうと、一人の子が選べる大人がいっぱい増えるでしょ?

一人ぼっちになるから子どもは死ぬんですよ。そうなる前に「担任には絶対よー言わん、校長にも絶対よー言わん、先生にはよー言わんでも用務員、管理作業員の義人になら言える。」となったら義人に言えばいいんですよ。で、義人のところに行ってな「なぁなぁ、助けて!」って言いに行っている子どもの姿をみたら、大空の先生たちはみんな喜びます。


でも、間違った学校の先生は管理作業員の義人の横に居る子どもがいると腹を立てて「管理作業員のくせに子どもに関わるな。」って陰で言うんです。で、その子に「何で私に言われへんの?」って。その先生にとってこの子は「邪魔な子」ってなるんですよね。極端な言い方してますけど。

これって、みんなでチームで子どもを育てようって学校にするには、主語を「先生が頑張っている、先生が苦しんでいる、先生が疲弊している、先生が先生が…」を「子どもが困っている、子どもが笑ってる、子どもが安心している…」って。この事実をつくるためには私たちはどんな事でもしようって、でも一人では無理。だからチーム力でね、ってなること。


もうひとつはね、一人で仕事をするっていうことは「どれだけ包み隠していくか」ってことなんです。大空で一番大事にしているのは「できないことをそれだけオープンにできるか」ってことなんです。「子どもに言うことが通じひんかった。」「子どもが困っている、私はこんな失敗をした。」それを職員室でどれだけオープンにするか「できひん」という言葉が一つもない先生は「あんたおかしいんちゃうん?」て反対に言います。


大空の先生たちに「あなたの子どもは何人ですか?」と質問すると、全員「260人。」って答えるわけです。でも他の学校で同じ質問をすると「僕は30人です。」とか。こないだ一人の女性の先生が「私は二人です。」って答えはったんです。で、私バカやからね「いや、自分の子どもちゃうで」って答えた(笑)そしたら「いえいえ、私は特別支援学級の担任ですから、私の子どもは二人です。」って。

私の子どもが二人やって思って学校で働いている大人って、二人以外の子どもは私の子じゃないんです。そのことを一番感じているのは二人以外の周りの子どもたち。でも「私の子どもは260人です。この260人の子どもたちと一緒に学んでいる自分が給料もらっています。」もうこれだけでみんなの学校はすぐできる。なんにも難しいことはないんですよねー。本当にこれだけで、だって、260人が自分の子と思うから朝なんかでも地域の人が「今日な、△△、ここに青タンできてたから先生頼むで!」って職員室に放り込まれたら、「よっしゃ!」って朝は1時間目の真ん中くらいまで時間がかかっても「どうする?△△のところに誰が行く?」ってみんな相談するんです。「担任が行って、△△が安心するか?」「無理ですねー。」って(笑)だって殴られたことを絶対親は子どもに「言うな。」って口止めしてるんです。


虐待は普通にあります。「お母ちゃん何してるの?」って聞いたら、今度は親が子どもを学校によこせへんようになる。最悪親はその子を殺してしまうかもわからへん。そんな状況もいっぱい普通に地域にあるんですよね、知らんだけで。

でも地域の人が全部情報を職員室に入れてくれると、△△が安心して「殴られてんって言う相手は誰や?」って、みんなで「今の△△が安心するのは誰かな」ってもう作戦会議とかするわけですよ。「これやっぱ校長やなあ。」となったら「え?私?」ってなるわけですよ(笑)「私アカンかったらどうする?」って。「じゃ二人でしよか」ってなったら、「じゃ、いつ来さす?」ってそこらへんを全員で1時間目の真ん中までかかっても、教室放ったらかしにしてもやるんです。


そら教室で暴れまわってますよ。地域の人がもう「先生、もう私の言うこと聞けへん」って職員室に早よ帰って来てー!って言うんですよ。「あかんまだ」って言ったら「もうっ」って(笑)地域のおばちゃんと子どもが大げんかしてるんですよ。でもそれが地域じゃないですか。地域で喧嘩すんねんから学校でも喧嘩したらええ。喧嘩していくからお互いに相手が分かって納得し合えるんですよ。家で暴れたら感情が入るから子どもは納得できない。学校は、暴れても納得した回答を子どもが掴んで帰るからリピートはないんです。


先生が「授業がうまくなれ」とか「子ども理解せぇ」とかリスクを背負っていると、一部の子どもが授業を妨害すると思うから邪魔だと思うようになるんです。大空の先生に一番必要な能力は「自らの授業をひらく」。「授業をひらく」の中に、いろんな人がいっぱいいる。授業は一人の子にひらかれている。先生が管理した授業はしないっていうことです。そのために先生が身につける資質能力は「ひとの力を活用する力」。この力さえ新任の若い教員に付けば「校長来いよ!」と呼ばれるわけです。で、呼ばれて「ノー」はないんですよ。私は経験が長い分嫌なほど失敗してるからはじめての新任よりかはマシな対応ができるじゃないですか。それを新任が見て「自分と木村の違いはどこかな?」って当然学ぶじゃないですか?一人の失敗は、周りの学びに変わるんです。


人は出来ひんことがあって当たり前、だからできる人がそこを補っていく。大空は一ヶ月に一回しか職員会議がない。他は全部必要ないからなくなったんです。若い先生でも「いいな」と思ったらまず誰に相談することなく動くんです。若い人が動くと、10のうち8つは失敗します。失敗した時に全教職員がその失敗のやり直しをします。一人の失敗をみんながやり直す。だからやりたいときに相談はいらん、勝手にやる。一人の失敗はまわりの教職員の学びに変わっていくんです。


-ありがとうございます。僕自身もいろいろ聞けて、言葉にならないというか、何か色んな学びがあって、それをいかにこれからの自分に返していけるかということを考えさせられました…お時間もあるのでこれでトークを終了させていただきますが、まだまだいっぱい聞きたかったことがあったんですけどね、本当に申し訳ございません。今日ちょっとおとなしくずっと聞いてくれたお子さん、素晴らしいと思いました。本当にありがとうございました。


木村:

あんたよーおったなぁ(笑)すごかったなぁ。


-本日は、木村泰子先生と、森本さんにお越しいただきました、ありがとうございました。


・・・

会場は非常に盛り上がり、映画本編と同じくらい長時間のトークショーとなりました。

木村先生、お忙しい中お時間を割いていただきまして誠にありがとうございました。


【木村泰子先生著書】

◯「みんなの学校」が教えてくれたこと:学び合いと育ち合いを見届けた3290日(小学館)

 https://www.shogakukan.co.jp/books/09840163


◯「みんなの学校」流・自ら学ぶ子の育て方:大人がいつも子どもに寄り添い、子どもに学ぶ!(小学館)

 https://www.shogakukan.co.jp/books/09840171


【映画『みんなの学校』オフィシャルサイト】

http://minna-movie.jp/

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住所
東京都北区東田端2-8-4 マウントサイドTABATA 1F
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